60代からの悩み多き日常

熟年離婚してから始まる新しい人生

一体、何を信じて生きたらいいんだろう

テレビと新聞が全ての真実だと

信じて疑わなかった頃は

ほとんどの人と同じように

ただただ右往左往するだけだった。

 

 

でも

どうやらそうではないらしいようで

 

 

 

真実がどれだかわからない

 

 

だから

人はそれぞれ別の真実を探してる。

 

 

 

だけど

どれを信じていいんだろうか、わからない

 

自分自身が判断できるほど

自分自身に自信がない

そこまでの知識もなければ

それほどの自頭も持ってない

 

真実はどうあれ

信じたいものを信じるしかないのか

 

ま、どうせ

歴史を変える人間になるわけじゃないから

 

やっぱ、右往左往して生きて行くのかな

 

 

 

20年後にデジタルな高齢者になれているだろうか

 

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体の老化だけではなく

思考力も衰えてきたら

いろいろと不安になってきた。

 

5年くらい前にNISAやら株やら投資を始めたが

離婚前にやめた。

資金が潤沢にあるわけでもなく

ネット証券だったので

 

これ

私死んだらどうなる?

 

てか、そもそもいつまで続けられるのか

 

なんだか不安が生まれてやめてしまった

そしたら、なんと口座乗っ取りだのの詐欺事案多発

いい頃合いだったかもしれない。

 

そもそも

セキュリティ強化だのなんだの

もう面倒くさいこと

スマホ

いちいち出来る気がしない。

 

うさんくさいメールなのか本物か

いちいち確認なんていつまで出来るのか

 

スマホ自体

何歳まで無理なく使えるか

もう新しい機種に変更してもわかるかさえ謎。

でも古いままでは

対応しないアプリあるから

ねんきんネットやらマイナポータルやら

 

世の中が

全てにおいてスマホ必須になって行って

80歳超えた自分が

理解して扱えているか

 

そして

そもそもスマホの利用代金払えていけるのか

デジタル化とかいうわりに安くしてくれないし。

 

不安しかない

 

 

 

約40年ぶりの名古屋旅行 後編

約40年前、諸般の事情から

名古屋で学生時代を過ごすことになったわけだけど

田舎から出てきた私にとって

関西や東京と違い

当時は程よいくらいの都会だった。

 

気おくれしないで過ごせる、

ファッションやお店、言葉。

今よりはわかりやすかった交通網。

なんとか生きて行けそう、と思った。

 

また住めるか、と言われたら

普通に住めるかもしれない。

外観は変われど

雰囲気はあんまり変わってない。

 

 

さて、実は最後の1泊は

東京から娘が初名古屋でやって来た。

 

栄に行って

テレビ塔じゃなくみらいタワーやオアシス21やら

大須観音や商店街

名古屋城熱田神宮と廻り

あんかけスパ味噌煮込みうどん、みそおでん

きよめもちに栗きんとんを食べ

 

娘は大都会へ

母は田舎町へと帰るのだった。

 

やっぱり、こっぱずかしくて

学生時代のあんなことやこんなことは

思い出話としても

娘には言えなかった。

 

まあ、聞きたくもないかもだけど。

 

名古屋の記憶は

更新して

また大事にとっておくことにしよう。 

 

 

 

年を取るということ、実感

60年もたてばガタが来る

水道管だって腐食するし

家もボロボロになる

 

人間60年、いくらメンテナンスしたって

新品にはならない

 

いつのまにか

突然

徐々に

気がついたら愕然と、老いている

 

皮膚の乾燥から

頭皮はかゆく、

ユニクロヒートテックで体中かゆく

爪は白く濁り

足のかかとはがっさがさ

 

老眼と近眼と乱視のコラボに

歯周病からの口臭、噛めないし、挟まるし

 

スマホ見て肩こり

動いて腰痛

歩いてひざ痛

体操して背中痛

 

倦怠感、疲労感が晴れずに蓄積

 

そして記憶できない

理解できない

やばい、やばい

 

これで気力が無くなってきたら

まじでやばいって

 

60年も飽きずに生きて来れたな私

あと20年持つだろうか

 

将来の夢など持てないほど

年を取ってしまった

 

 

 

約40年ぶりの名古屋旅行 中編

約40年前、名古屋のイメージは散々だった。

当時、タモリさんがテレビでおちょくってたからか

ドラマで特異な嫁入り文化を取り上げられたからか。

 

私の住んでいる街とは比べものにならないほど

都会だったのに

東京ほど気おくれしない、程よい都会。

 

 

 

再び来てみて思い出をたどるが

繁華街は栄しか記憶にない。

手羽先の山ちゃん、明治屋

地下街の不二家のレストラン

怪しげな夜のセントラルパーク

テレビ塔近くの東急ハンズ

 

基本、地下移動だったから

都会にいたという感じがない

 

地上で見たものと言えば

ドラマ同様の嫁入り行列のトラックで

最後に自動車が運ばれたの見て思わず拍手したっけ。

 

だいたい名古屋に住んでても、遊びに行くのは市外

伊勢神宮赤福鳥羽水族館でラッコ、絶叫長島スパーランド

高山に日帰りスキー、妻籠馬込にドライブ

敦賀湾で海水浴、赤倉でスキー合宿

鈴鹿サーキット明治村浜名湖でウナギ

 

名古屋の思い出じゃないじゃん

 

 

 

 

 

約40年ぶりの名古屋旅行 前編

前回の記事に書いた、師匠の訃報を知ったあと、

 

 

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会えるうちに会い、行きたいうちに行かなくちゃ

あっという間に機会は過ぎ去ることを痛感しました。

 

なので

約40年前に学生時代を過ごした名古屋

今どうなっているか

記憶の整理、してきました。

 

父や母が来た時に待ち合わせした

新幹線口の近くにあった壁画はもうなく

今は銀の時計。

 

桜通口まで名古屋駅、いえ名駅構内を突っ切っていくと

懐かしい名古屋メシ。

味噌煮込みうどん、味噌カツきしめん、天むす、手羽先。

弁当屋さんの味噌カツ弁当、マヨネーズかけてたな。

てか、ひつまぶしとかあんかけスパゲティとか

いつからあったんだろ。

ぴよりんとかなんやねん。

 

東京行くときに新幹線から見えてたでっかいビル。

前は何があったとこか、もうわからない。

近くの、大名古屋ビルヂングの文字は見覚えある。

ほとんど地下街しか行かなかったからな。

エスカもユニモールもよく行った。

地下鉄移動ばかりしてたから、

あんまり地上の風景が記憶にない。

 

源氏物語関連や、香道具の展示があるので

徳川美術館に行こうと思って

せっかくならバスで行こうと

めぐーるとやらに乗ろうとバスセンター来たけど

どえりゃー人の列。

隣の基幹バスに飛び乗った。

実は住んでた時はバスはわからなくて乗っていない。

 

かなりの方向音痴だが

奇跡的に無事にたどり着くことが出来た。

ひとり爆速で観ていく。

香席がある日でなくて残念。

もう一度、源氏香やってみたかった。

隣の徳川園も散歩し

次の目的地へ。

 

地図上、歩いて30分くらいで行けると

思ったのに

探しながら歩くと

やっぱり方向音痴が発動し

しかもアラカンの足腰は知らぬ間に劣化

気分が、無、になる頃に到着。

 

昔住んでいたアパート、まだあった。

当時、近くを川があったと思っていたのは

JR中央線

記憶違いって恐ろしい。

 

そのアパートの前に住んでた下宿もあるかなと

目印になってたビルを探すけどわからない。

下宿は古かったから

無くなっていても不思議じゃないけど

あのでっかいガラス張りのビルはあるはず

え?

今まさに取り壊されている?

これって、来るのが1か月遅かったら

下宿がどの辺にあったかなんて

もう全くわからない

あのビル地下の食堂街で夕飯食べたな。

 

よく行った

フードコートのあるミニストップ

500円ランチのお寿司屋

雀荘の隣の満月とかき氷の店

抹茶のソフトクリームのお茶屋

まだあった!

 

無くなっていたものもたくさんあったけど

記憶はなくならない

今のところは。

 

自分は確かにここで生きていたんだ

 

ここでのことがあるから今がある

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人との出会いと別れは運命

以前、香道の話をブログに書きました。

 

 

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なぜか香道に興味を持った途端

なぜか近所に香道の講座が開かれ

行ってみれば

これまたなぜか

先生は高校の5こ上の先輩で

なんと

教育実習に来られた時に古典を習っていて

 

これはもう運命

 

なのかと思いました。

 

なのに私の結婚と同時に疎遠となり

もう二度と香席に行くことも

先生にお会いすることもないかもしれない

 

そう思っていたら

 

なぜか先生は息子の高校で

香道の授業をされていて

20年ぶりに再会することができました。

 

涙を流して抱き合ったこと

今でも忘れられません。

 

あれからまた

あっという間に月日は流れてしまいました。

 

 

生きてさえいれば

またお会いできるはずでした。

 

 

でも

偶然、先生の訃報を知ってしまいました。

 

 

ごめんなさい

不義理な弟子でした

 

 

心よりのご冥福を祈り

先生に頂いた伽羅を焚きます。

 

今度お会いするのはあの世になりますが

覚えて頂けているか自信はありません。

 

 

 

人との出会いと別れは

いとあはれなり